30代半ばを過ぎると残りの人生消化試合なのか?【悩み】
1なぜ消化試合と感じるか
⑴人生の大きななイベントがほぼ終わってしまっているから
筆者(30代半ば)が感じる人生で楽しかったときは大学生の時です。
働かなくていいし時間はあって自由だし、マジで人生の夏休みでした。
次に結婚がありました。
周囲の人に祝福されてあれだけ主人公感のあるイベントは結婚式のときが1番でした。
そして子どもの誕生です。
命が生まれる瞬間、自分に子どもができる瞬間は、人生で1番の感動でした。
人によってライフイベントは違いますが、その多くは30代半ばまでにやってくるのではないでしょうか。
⑵現実を知って夢を追いかけられなくなるから
プロスポーツ選手になりたい、
大金持ちになりたい、
大社長になりたい、
医者のなりたい、
弁護士になりたい、
漫画家になりたい、
芸能人になりたい、
ユーチューバーになりたいなどなど
子どもの頃は夢を持っていた方も多いと思います。
でも挑戦したしないに関わらず、年を重ねるにつれ自分には実力も時間もお金もないから無理だと考え、
夢を追いかけることをやめてしまう方が大半なのではないでしょうか。
⑶家庭を持ち責任が出てきて新たな挑戦ができなくなる
家族を養っていくためには収入を途絶えさせるわけにはいきません。
今会社員の自分が起業したいと思っても、会社を辞めて、貯金をつぎ込んで、収入0からスタートするのはリスクが高すぎてとても考えられません。
当然周りは大反対でしょう。
副業起業をするにしても、家族の時間を捨ててまでするのには大きな犠牲が伴います。
⑷どこまで出世できるか予想がつき先の収入が見えてしまうから
10年ほど会社で勤めると若手のイキってた時と違って自分の実力が大体わかってきます。
会社という箱の中でもやっぱりすごい奴はいて、自分は敵わないな、1番にはなれないなと感じるようになってきます。
一部の人は出世コースに乗っていきますが、大半の凡人は万年平社員か係長で定年を迎えます。
となると自分の生涯年収も見えてきます。
「ベンツに乗る夢は叶えるのがむずかしそうだな」
「海外旅行はあと1回行ければ良しとするか」
「老後は節約して生活しなきゃな」など将来の生活も見えてきます。
それも順調に行っての話ですが。
2消化試合だと思っていたのは自分の作った妄想だった
⑴楽しみなイベントは自分で作るもの
人生前半のイベントはいわゆる一般で言う、幸せと言われているイベントであって、受動的なものであると思います。
なんとなく流れに乗ってやってきたら向こうからやってきたイベントです。
ここからは今まで培ってきた経験や財産を元に、自分で楽しいイベントを作っていきましょう。
⑵大きく夢を描いて小さく始めろ
才能やお金や時間を理由に諦めた夢を、一旦遠くのゴールにしましょう。
とても達成できそうにないと感じる夢でもいいです。
これでなんとなく自分が目指したい方向はぼんやりと決まります。
その方向を向いた時にまず足元にある小さなやれることは、実はたくさん転がっています。
この目の前にあるやれることを一つ一つこなしていきましょう。
まるでゲームのように。
着実に成長していく自分を人生の楽しみにしていくのです。
これこそが自分で作る楽しいイベントだと筆者は思うのです。
また、一つ一つこなしていくと、また別の新たな夢に出会ったりもします。
⑶守るべき家族がいるからこそ別のパワーを生み出す
家族ができると、財産を全てつぎ込んでの起業はできなくなります。
時間もひとり者の時と違って、大きく制約されます。
しかし、責任感があるからこそ一つ一つの活動に集中して効率的に取り組むことが出来ます。
また、夜疲れていても子どもの寝顔を見るだけで大きなパワーを得ることが出来ます。
⑷自分の実力を自分で決めるな
自分の実力をこんなもんだ、と決めつけてはいけません。
何歳になってもです。
小さなやれる事をコツコツ積み上げていくことが、いつの間にかすごい所に到達するコツなのです。
また、将来の収入を予想しても皮算用でしかありません。
コツコツ実力をつけなければ、周りに置いて行かれて相対的に自分が落ちていくだけです。
まとめ
「残りの人生消化試合だし仕事はそこそこにダラダラすごすかな」なんて言っている暇はありません。
過去の栄光にすがってナメクジのように同じ場所に居続けてはいけません。
落ち込んでいる間にライバルは先に行っています。
まとまりのない文章でしたが、筆者の熱い気持ちが少しでも伝わればと思います。